カシャーン産ペルシャ絨毯は、数あるペルシャ絨毯の中でも「王道中の王道」と呼ぶにふさわしい、歴史と格式を誇る名品です。その優美なデザインと堅牢な作りは、世界中の愛好家を魅了し続けており、日本の一般家庭においても応接間の顔として愛用されてきました。
もしご自宅にカシャーン産の絨毯があるならば、それは単なる敷物ではなく、高い資産価値を秘めた美術品である可能性があります。特に古い時代のものは、現代の新品をはるかに凌ぐ価格で取引されることも珍しくありません。
本記事では、カシャーン産ペルシャ絨毯の歴史的背景や特徴、そして処分や売却を検討する際に知っておくべき買取相場の実態を徹底的に解説します。価値ある絨毯を安易に捨ててしまったり、不当な安値で手放してしまったりすることがないよう、正しい知識を身につけていきましょう。
カシャーン産ペルシャ絨毯の基礎知識と歴史
砂漠のオアシスで生まれた「織物の都」
カシャーンは、イランの中央部、テヘランから南へ約260キロメートルに位置する、キャビール砂漠の端にある歴史あるオアシス都市です。夏は酷暑に見舞われる厳しい環境ですが、古くから陶器やタイル、そして織物の産地として栄え、シルクロードの重要な交易拠点として機能してきました。
この街の名前「カシャーン」は、ペルシャ語でタイルを意味する「カーシー」に由来するとも言われており、芸術的な感性が根付いた土地柄です。絨毯織りの歴史は非常に古く、16世紀から18世紀にかけてのサファヴィー朝時代には、宮廷直属の工房(ロイヤル・ファクトリー)が置かれ、黄金時代を築きました。
サファヴィー朝の栄華と伝説の「アルダビール絨毯」
カシャーンの絨毯がいかに歴史的に重要かを示す証拠として、世界で最も有名な絨毯の一つであるロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館所蔵の「アルダビール絨毯」が挙げられます。この巨大な絨毯には「カシャーンのマクスード」という制作者の名が織り込まれており、当時のカシャーンが最高峰の技術を持っていたことを示唆しています。
サファヴィー朝の最盛期を築いたシャー・アッバース1世もカシャーンを深く愛し、この地で多くの絹織物やベルベット、そして絨毯を作らせました。当時のカシャーン製シルク絨毯やポロネーズ絨毯(ポーランド風絨毯)は、ヨーロッパの王侯貴族への贈答品として海を渡り、今なお世界の美術館で宝物として扱われています。
19世紀の復興とマンチェスター・ウールの導入
18世紀のアフガン族の侵攻などで一度は衰退したカシャーンの絨毯産業ですが、19世紀後半のガージャール朝時代に見事な復興を遂げました。この時期に重要な役割を果たしたのが、英国から輸入された高品質なメリノウール、通称「マンチェスター・ウール」の存在です。
地元の羊毛よりもはるかに細く、柔らかく、光沢のあるこの輸入ウールを使用することで、カシャーンの職人たちはビロードのような肌触りの極上の絨毯を生み出しました。この19世紀末から20世紀初頭にかけて作られたカシャーン絨毯は、現代においても別格の扱いを受けており、アンティーク市場では高値で取引されています。
「カシャーン・スタイル」伝統的なデザインと特徴
完璧な調和を見せる「メダリオン・コーナー」
カシャーン産絨毯の最も代表的なデザインといえば、中心に大きな文様(メダリオン)を配置し、四隅(コーナー)にも同質の文様を配した「メダリオン・コーナー」スタイルです。この構成は、宇宙の中心や天国への入り口を象徴しているとも言われ、見る者に圧倒的な安定感と静寂を与えます。
メダリオンの形は、円形やひし形、あるいは多弁の花のような形をしており、そこから複雑な蔓草模様が四方へと広がっていきます。カシャーンのデザインは、決して奇抜ではなく、計算し尽くされた対称性とバランスの良さが特徴で、これが「古典派の頂点」と呼ばれる所以です。
優雅な曲線を描く「シャー・アッバース文様」
カシャーン絨毯のフィールド(背景部分)を埋め尽くすのは、サファヴィー朝のシャー・アッバース大王の名を冠した「シャー・アッバース文様」です。これは、パルメット(シュロの葉を扇状に広げたような文様)や蓮の花、ロゼットなどを、流麗な曲線のアラベスク(唐草模様)で繋いだデザインを指します。
直線的な幾何学模様が多い部族絨毯(トライバルラグ)とは対照的に、カシャーンの文様はどこまでも優雅で、曲線美を極めています。精緻な織り技術があって初めて表現できるこの滑らかな曲線は、カシャーンの職人たちの誇りであり、高級品の証でもあります。
「カシャーン・レッド」と「インディゴ・ブルー」
色彩においてもカシャーン絨毯には明確な特徴があり、特にベースカラーとして多用されるのが深みのある赤色、通称「カシャーン・レッド」です。この赤は、派手すぎず暗すぎない絶妙な色合いで、茜(アカネ)などの天然染料を巧みに使いこなすことで生まれます。
そして、この赤と対をなすのが、夜空のように深い「インディゴ・ブルー(濃紺)」であり、メダリオンやボーダー(枠部分)によく使われます。赤と紺のコントラストに、さらにアイボリー(象牙色)が加わることで、カシャーン絨毯特有の重厚かつ格調高い雰囲気が完成するのです。
カシャーン産ペルシャ絨毯の市場価値と買取相場
サイズ別に見る一般的な買取相場の目安
カシャーン産絨毯の買取価格は、その絨毯が作られた年代、工房のランク、そして保存状態によって天と地ほどの差が開きます。ここではまず、一般的な中古市場(数十年前に購入された現代〜オールド品)における、サイズ別の買取相場の目安を見てみましょう。
- 玄関マットサイズ(約60×90cm 〜 90×150cm)
- アクセントラグサイズ(約150×200cm前後)
- リビングサイズ(約200×300cm前後)
- 大型サイズ(約250×350cm以上)
相場: 数千円 〜 3万円前後
解説: 流通量が多いため、一般的な品質のものは価格が伸び悩む傾向にありますが、有名工房のサイン入りであれば5万円を超えることもあります。
相場: 2万円 〜 8万円前後
解説: 日本の住宅事情に合いやすく需要があるサイズで、状態が良ければ安定した価格がつきます。
相場: 5万円 〜 15万円前後
解説: 最も一般的なダイニングやリビング用のサイズで、カシャーンらしい豪華さが際立つため、良品は高額査定が期待できます。
相場: 10万円 〜 30万円以上
解説: 豪邸やホテルのロビーなどで使われるサイズで、元値も非常に高いため、買取額も高くなりやすいですが、搬出の手間なども考慮されます。
これらはあくまで「一般的な良品」の目安であり、後述する「モハタシャム」などの特別な絨毯はこの限りではありません。
買取価格を左右する3つの要素
カシャーン絨毯の査定において、プロの鑑定士が特に注目するのは「年代」「素材の質」「工房名」の3点です。単に「カシャーン産です」というだけでは評価は定まらず、これら3つの要素の組み合わせによって、数万円になるか数百万円になるかが決まります。
まず年代と素材についてですが、100年以上前のアンティークの希少性や、マンチェスター・ウールのような上質な素材が使われているかが重要視されます。最後に工房名ですが、カシャーンにはいくつかの名門工房が存在し、そのサイン(銘)があるかどうかは価格決定の大きな要因となります。
オールドカシャーンと現代物の違い
市場に出回っているカシャーン絨毯は、大きく分けて1940年代以前の「オールド・アンティーク」と、それ以降の「現代物」に分類されます。現代物のカシャーンも品質は高いですが、化学染料の使用が増えたり、デザインが画一化されたりしているため、骨董的価値はそれほど高くありません。
一方、オールドカシャーンは天然染料による手染めの風合いが強く、手紡ぎのウールが使われていることが多いため、非常に味わい深い表情をしています。「祖父が50年前に買った古臭い絨毯」が、実は現代の新品よりもはるかに高い価値を持つオールドカシャーンであるケースは、買取現場ではよくある話です。
伝説の巨匠「モハタシャム(Mohtasham)」の評価
絨毯界の最高ブランド「モハタシャム」とは
カシャーン絨毯を語る上で絶対に避けて通れないのが、19世紀末に活躍した伝説的な巨匠、ハッジ・モラー・ハッサン・モハタシャム(Mohtasham)の存在です。彼は当時のカシャーンにおける絨毯復興の立役者であり、彼、あるいは彼の工房が手がけた絨毯は「モハタシャム・カシャーン」と呼ばれ、別格の扱いを受けます。
モハタシャムの絨毯は、当時のペルシャ王族やヨーロッパの貴族たちに愛され、現在でもサザビーズやクリスティーズといった国際的なオークションで高額落札されています。その価値は、状態の良いものであれば数百万円から、希少なデザインや大型のものでは数千万円に達することもあります。
モハタシャムを見分けるポイント
素人がモハタシャムを確実に見分けるのは困難ですが、いくつかの特徴的なポイントを知っておくことは、真贋の判断材料になります。まず最大の特徴は、最高級のマンチェスター・ウールやメリノウールを使用しているため、パイルが短くても驚くほど柔らかく、絹のような光沢があることです。
また、織りの密度(ノット数)が非常に高く、裏面を見るとまるで絵画のように繊細な模様がくっきりと浮かび上がっています。さらに、絨毯の縁(耳の部分)のかがりに、紫やルビーレッドのシルク糸が使われていることが多いのも、モハタシャムの特徴の一つと言われています。
偽物や「モハタシャム・スタイル」に注意
「モハタシャム」の名があまりにも有名であるため、市場にはそのスタイルを模倣した絨毯や、後世に名前だけを借りて作られた「モハタシャム・スタイル」も数多く存在します。これらは一定の価値はありますが、本物のモハタシャムとは評価額に雲泥の差があります。
サイン(銘)が入っているからといって本物とは限らず、むしろ最高級のモハタシャムにはサインがない(神への謙遜のため)ものも多いと言われています。そのため、モハタシャムの可能性がある絨毯を処分する場合は、必ずペルシャ絨毯に精通した専門の鑑定士に見せることが不可欠です。
カシャーン以外の著名な工房とランク
ダビール(Dabir)工房
モハタシャムに次いでカシャーンで高く評価されているのが、ダビール(Dabir)工房の絨毯です。ダビール工房の作品もまた、非常に上質なウールを使用し、繊細な花柄や絵画のようなデザインを得意としています。
ダビールの絨毯は、色彩がやや明るく、パステル調の色使いが見られることもあり、洗練された印象を与えます。買取市場においても、モハタシャムに次ぐハイブランドとして認知されており、状態が良ければ高額査定が期待できるでしょう。
アルデカニ(Ardekani)などの名門
その他にも、アルデカニ(Ardekani)やシャドサル(Shad-Sar)といった工房が、高品質なカシャーン絨毯を世に送り出してきました。これらの工房の作品は、織りの密度が安定しており、デザインのバランスも優れているため、実用性と資産価値のバランスが良い絨毯として人気があります。
特定の工房名が分からない場合でも、織りの細かさ(ラージ)やパイルの質を見れば、名門工房の流れを汲むものか、一般的な市場向けのものかは判断できます。裏面のタグや、パイルの中に織り込まれたアラビア文字のサインを探してみることが、価値特定への第一歩となります。
カシャーン絨毯の処分と買取で失敗しないために
「機械織り」のカシャーン風ラグに注意
カシャーンのデザインは世界的に人気があるため、ベルギーやトルコなどで作られた「機械織り(ウィルトン織り)」の模造品が大量に流通しています。これらは化学繊維や低品質なウールで作られており、見た目はカシャーン風でも、買取市場での価値はほとんどありません。
見分けるポイントは、絨毯の裏面を見たときに、模様がはっきりしているか(手織り)、のっぺりとしているか(機械織り)といった違いです。特に、フリンジ(房)が本体から伸びているか、後付けで縫い付けられているかは決定的な判断基準となります。
修理やクリーニングは査定前にすべきか?
カシャーン絨毯はウール製が多いため、長年の使用で虫食いや汚れ、フリンジの欠損などが生じていることがあります。しかし、売却前に自己判断で修理やクリーニングに出すことはおすすめできません。
特にアンティークのカシャーンの場合、下手に化学洗剤で洗うと、天然染料の色が滲んだり、ウールの脂分が抜けて艶が失われたりする恐れがあります。ペルシャ絨毯専門の買取業者は、自社で提携している修復工房を持っていることが多いため、現状のまま査定に出した方が、結果的に手元に残る金額が多くなるケースがほとんどです。
専門の買取業者を選ぶべき理由
カシャーン絨毯、特にオールドやアンティークの価値を正しく見極めるには、膨大な知識と経験が必要です。一般的なリサイクルショップや総合買取店では、「古いウールの絨毯」として、重さや大きさだけで査定されてしまう危険性が非常に高いです。
「マンチェスター・ウール」の手触りや、「モハタシャム」の特徴、天然染料のエイジングなどを理解できるのは、ペルシャ絨毯専門の査定員だけです。大切なカシャーン絨毯を正当な価格で手放すためには、必ずペルシャ絨毯の買取実績が豊富な専門店に相談し、相見積もりを取ることを強く推奨します。
まとめ
カシャーン産ペルシャ絨毯は、ペルシャ絨毯の歴史と伝統を象徴する存在です。その美しさは流行に左右されず、100年の時を超えても輝きを失わない、本物の芸術作品と言えるでしょう。
処分を検討している絨毯がカシャーン産であれば、それは単なる不用品ではなく、次の世代へと受け継ぐべき資産である可能性が高いです。まずはその絨毯が持つ本来の価値を知ることから始め、納得のいく形での売却や継承を目指してください。
